ロボットについて

たとえば、古い話だが、鉄腕アトム、あるいは鉄人28号。ロボットである。幼い頃、ワクワクしながら見た。鉄腕アトムは白黒テレビに普通に映っ たが、鉄人28号は、福井県の私の生まれた村は、視聴エリアではなかった。しかし、私は見たくて、おそらく石川県から飛んでくるわずかの電波をテレビに映 らせて、かすかな映像をワクワクしながら見ていた。

現実にそのようなロボットがあったらいいと思ったというよりも、ロボットはヒーローであり、仮面ライダーと同じようなものであって、そのヒーローぶりに憧れていたのだと思う。

それでも、ロボットが物語を描き出し、その物語に喜びや怒りや悲しみを感じていた。

ゴジラは、今のゆるキャラと同じ着ぐるみだった。あるいは、アニメであり、SFであり、特殊撮影技術の産物だった。今の映画などで、物語の中に登場し、人を惹きつけるロボットもほぼ、同じである。

私が今憧れ、やろうとしているのは、実際のロボットが、同じように、人々に喜びや、悲しみや、怒りや、苦しみや、笑いを、どのようにしたらもたらすことができるのかを、実証的に明らかにすることである。

人の近づけない災害現場で、ロボットが人を助ければ、そのロボットはどのような形体であれ、スーパーヒーローになることができる。それはそれとして 素晴らしいが、私のやりたいことではない。もっと、人々の日常生活の中で、人と同じ状況の中で、人に寄り添いながら、ロボットでしか実現できないやりかた で、人の心を豊かにするような、ロボットのあり方を考えることである。

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